Research (5)


超省エネルギー半導体スピントロニクス


 現代のエレクトロニクスでは電荷の流れを制御することで情報処理や演算を実行しているが、 電子のもう1つの自由度であるスピンを制御することで 情報処理を行う新しいエレクトロニクスの開発が試みられている。 スピンの制御は電荷の制御にくらべると高速 省電力であり、 高集積も可能であることから大いに期待され、 特に (Ga, Mn)Asや(In, Mn)Asの様な希薄磁性半導体(DMS)でキャリア誘起強磁性が発見されると、 DMSを基本材料とする半導体スピントロニクスが盛んに研究されるようになった。しかし、 DMSのキュリー温度は190K程度と室温に比べるとかなり低く、 DMSを用いたスピントロニクス実現のためには高いTCをもつDMSの合成が不可欠と認識されている。 これまでに上記のDMSとはちがった半導体と磁性イオンの組み合わせで高いTCを実現する可能性が追求され、 その指針を与えるために多くの理論が提案されてきた。
 我々のグループでは、Korringa-Kohn-Rostoker Coherent-Potential-Approximation 法を用いた 第一原理電子状態計算を系統的に行い、DMSの強磁性について次のような知見を得ている。 まず、一般に希薄磁性半導体は大きく2つのグループに分けられる。 たとえば(Ga, Mn)N等では強磁性状態がバンドギャップ中にできた 不純物バンドの拡がりによって安定化されている(二重交換相互作用)。 一方、(Ga, Mn)Sb等では局在したMn磁気モーメントによる母体の価電子帯の偏極が強磁性相互作用を媒介する p-d交換相互作用の描像がよくあてはまる。拡がったホール状態が強磁性を媒介するために p-d交換相互作用は長距離におよぶが、二重交換相互作用の系ではバンドギャップ中の不純物の波動関数が 指数関数的に減衰することから、相互作用は比較的短距離となることが直感的に理解される。



図7:希薄磁性半導体のキュリー温度の実験値(白角)と計算値。 計算値は平均場近似(MFA:実線)、乱雑位相近似(RPA:破線)、 モンテカルロシミュレーション(MCS:黒角)によるもの。

 実際、磁性不純物であるMn間の有効交換相互作用を Liechtensteinらによって与えられた処方により計算するとそのような距離依存性が得られ、 計算された交換相互作用を用いモンテカルロシミュレーションを行うことで キュリー温度を精度よく見積もることができる。 この方法を用いた計算結果の典型的な例を図1に示す。 交換相互作用の距離依存性を考えない平均場近似、 乱雑位相近似では低濃度領域でのキュリー温度を過大評価する傾向がある。 図7の計算によると実験で実現可能な10ー20%程度以下の低濃度領域では室温に達するキュリー温度を得るのは難しく、 とくに相互作用が短距離の場合には強磁性の実現が不可能であることがわかる。
 以上の第一原理マテリアルデザインを受け入れると、 室温でも動作するDMSを得るには次にあげるような2つの方法が考えられることに気づく。 一つの提案はDMS中の磁性不純物の固溶限を異なる不純物を追加することで調整する同時ドーピング法をデザインし、 高濃度に磁性不純物を含むDMSを作成することである。 図1を外挿すると30ー40%程度の高濃度ドーピングでキュリー温度が室温に達すると期待できる。 同時に添加するドーパントとして図8では格子間Liを考えた。 この図では(Ga, Mn)AsにおけるMnの混合エネルギー E=E(Ga1-xMnxAs)-{(1-x)E(GaAs)+xE(MnAs)}が計算されており、 Liの添加により Eが負に、すなわち相分離が抑制され固溶限が上昇していることがわかる。 格子間Liは結晶成長後に熱処理で取り出すことができることも第一原理計算とモンテカルロシミュレーションからわかっており、 高いキュリー温度が可能である。
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図8:格子間Liの添加による混合エネルギーの変化

図9:(Ga, Mn)Nの相分離。(a)相分離のない初期状態,(b)3次元的な拡散がある時、 (c)1層ごとに堆積する場合。白い点は(Ga, Mn)N中でMn原子が占めている位置。



 次にDMSの相分離に注目する。 一般にDMS中の磁性不純物間には引力的な原子間対相互作用が働いており容易に相分離をおこすため、 実際の試料では不純物の不均一分布が存在する。図7にみられる実験と計算の不一致は、 計算では不純物が完全にランダムに分布していると仮定しているためであると考えられる。 このような不均一な相で高いキュリー温度らしきものが観測されるのはなぜであろうか? 相分離現象をマテリアルデザインに取り入れるため、まずGeneralized perturbation methodを用い、 希薄磁性半導体中で磁性不純物間の有効相互作用エネルギーを計算し モンテカルロ法により有限温度での相分離現象をシミュレートする。 一般にDMSでは引力的な相互作用により不純物同士は寄り集まり強い濃度の不均一を作る。 濃度の低い場合は相分離により磁気的にも分離した小さいクラスターがたくさんできるためキュリー温度は低くなる(図9-b)。 しかし、20%程度以上の高濃度の場合にはスピノダル分解で生成された高濃度領域は、 互いに連結した複雑な構造をとり同時に磁気的なネットワークも形成される。 そのためスピノダル分解はキュリー温度を上げる方向に作用する。 さらにMBE結晶成長法のように一層ずつ原子層が積み上げられていく場合は、 スピノダル分解の起こる層が限定され、結晶成長方向に平行にのびた葉巻型の形状を持つクラスターができることが示された(図9-c)。
 このように相分離のために強い濃度不均一が起こりクラスターが形成され、 その大きさがある程度以上になると、磁気異方性からくるエネルギー障壁のために クラスターの磁化反転に長い緩和時間が必要になる(ブロッキング現象)。 このため、有限温度で系の磁化過程にヒステリシスが現れる(図10)。



磁気異方性のためのエネルギー障壁の高さは磁気異方性定数とクラスターの体積に比例するため、 クラスターのサイズが大きくなればなるほどブロッキング温度が高くなる。 我々の1つ目の提案は、相分離の積極的な制御によりDMS中にナノ構造体を成長させ、 その形状や位置を制御することにより特異な磁化過程特性を持つDMSを 設計し半導体スピントロニクスのために役立てることである。相分離が起きた系の 電子状態計算やそれに基づく磁気異方性の見積もりおよび磁化過程の スピンダイナミクスシミュレーション等が次世代計算機の課題として考えられる。 また、半導体スピントロニクスでは電界により磁性を制御する方法を確立することが 最終目標であると考えられるが、相分離がおこった系について電界印加下での電子状態計算と 系の応答を調べることも将来課題の一つである。

図10:(Ga, Mn)Nの相分離と磁化過程特性のシミュレーション。 上段:スピノダル分解が起こる前の初期状態、 中段:スピノダル分解により小さなクラスターを形成した場合、 下段:Layer-by-layer成長の条件下でスピノダル分解が起こり大きなクラスターを形成した場合、 のヒステリシスループのシミュレーション結果。挿入図の赤点はMnが占有しているサイトを示している。 シミュレーションはどの場合においても、初期状態でのキュリー温度(TC0)(緑線)、0.5 TC0(赤線)と2TC0(青線)で行った。